日本農業の振興と農業経営の安定、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉新型コロナが垣間見せる新しい風景

2020年4月5日

 世界の新型コロナウィルス感染者数は93万人に及ぶ(4月2日午後4時現在)。当初は中国の武漢市の問題と楽観していたものが、湖北省、北京に広がり、そして韓国、日本、さらにはイタリアをはじめとして欧米、南半球へと拡散は急である。
 日本でも感染が始まった当初は感染者数に対して死者数が少なく、アメリカで猛威を振るっているインフルエンザよりもましかと楽観していたが、イタリアでの死者数が中国を上回り、しかも致死率が10%前後と高いことが報道されるようになってから、これはただ事でなく、命が危険にさらされていることを実感。直近ではあっという間にアメリカが最大の感染国となるなど、その感染力の強さに戦々恐々としているのが実情だ。
 ヨーロッパ中世での「ペスト」(現在ではペストではなく、ウイルス出血熱とされている)や16世紀のアステカ文明を崩壊させたスペインが持ち込んだ天然痘、20世紀初頭のスペイン風邪等の悲惨な歴史が決して過去だけの話しではなく、病原菌、感染症は今も能力を蓄えて潜在し、発現の機会を虎視眈々と狙ってうごめいていることを認識せざるを得ない。
 新型コロナウィルス感染は、外出の自粛、学校休校、工場閉鎖等々、生活は勿論のこと経済活動にも甚大な影響をもたらしつつある。戦争とは違って生産活動は休止するだけで何も破壊されるわけではないが、経済活動の停滞にともない需要が大幅に落ち込む一方で、マスクやトイレットペーパー等の生活必需品や、保存性の高い一部の食料品は店頭から消え去ってしまった。まだ日本では発症のピークには至っておらず、落ち着きを取り戻して経済活動を再開するまでの時間は見通せず、さらなるダメージを被るのは必至である。
 しかしながら災いを転じて福となす、は言い過ぎになろうが、マイナス成長を余儀なくされることにより、経済活動の停滞が二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス発生の抑制をもたらすなど、時代を大きく変える一面をももたらしつつあることも確かだ。経済成長と環境問題の両立を前提にしての二酸化炭素の排出削減をめぐる議論は紛糾し、国際的合意は先延ばしされてきた。新型コロナウィルスがこうした動きに強制的に急ブレーキをかけた格好だ。またテレワークやテレビ会議等を駆使しての在宅勤務や動画を使っての授業等も広まりつつあり、通勤や会議、組織的活動等の仕事のあり方や教室に集まることを前提としてきた学習方法など、本質的なレベルでの働き方改革や教育改革がすすみつつある。
 ささやかな動きではあるが、こうした中の一つが田園回帰だ。今般の学校休止にともない田舎のじいちゃん、ばあちゃんの所に一時的ながら移動する子どもたちも多いという。まさに疎開である。また多少なりとも自給していくことが必要だとして田舎に土地を求める都会人も少なくないとも聞く。確かにアメリカでの感染がニューヨークに集中しているだけでなく、わが国でも東京、大阪等の大都市での感染が多く、岩手、鳥取、島根では発生していない。農村部があらためて注目される時代がくるのかもしれない。(4月3日現在)
(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2020年4月5日号掲載

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