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〈行友弥の食農再論〉『農福連携』が消える日まで

2019年8月13日

 静岡県浜松市で野菜の施設園芸を営む「京丸園」の鈴木厚志社長は困惑した。規模拡大のため従業員を募集したら、障害のある子とそのお母さんが訪ねてきたからだ。「障害者に農作業は無理」と考えて断ったが、母親は「給料はいらないから働かせて」と頼み込んだ。1週間だけ農作業体験として受け入れたが「給料はいらないから」という言葉が鈴木さんの頭をしばらく離れなかった。

 福祉施設に勤める知人に聞くと「もし就職できなければ、その子は福祉施設に行く。それは面倒をみてもらう立場になるということだ」と言われた。鈴木さんは「仕事はお金のためにするもの」と考えていた自分を恥じ、農業を福祉に生かすことを考え始めた。

 障害を持つ子が働き始めると、職場の雰囲気が良くなった。他の従業員がその子たちの面倒をみるようになり、コミュニケーションが豊かになったのだ。また、作業手順を細かく分け、指示内容を具体化することの重要さがわかった。健常者にも難しい仕事が、ちょっとした道具を使うなどの工夫で誰でもできる簡単な作業になった。障害者雇用は多くの革新をもたらした。現在の障害者雇用率は4割近い。

 「ユニバーサル・デザインの基本は『人』。作業する人を中心にデザインすることが既存の農業を変えていく鍵になる」と鈴木さんは指摘する。浜松市では京丸園をはじめ多くの農業法人や企業・団体が「ユニバーサル農業研究会」を05年に結成、地域ぐるみの取り組みに発展している。「ユニバーサル農業」は「誰でも参加できる農業」という意味だ。

 農業と福祉の連携(農福連携)が大きな広がりを見せている。昨年は全国的な推進団体「日本農福連携協会」(皆川芳嗣会長)が発足。今年4月には、政府内に関係省庁を束ねる「農福連携等推進会議」も設置された。

 協会の顧問を務め、運営も中心的に担うJA共済総合研究所の濱田健司・主任研究員は「究極の目標は『農福連携』という言葉を消すこと」と話す。「農業の人手不足対策」や「福祉に農作業を取り入れる」といった次元を超え、多様な人々が当然のこととして農業現場で働く–そんな日が必ず来ると信じたい。

(農中総研・特任研究員)

日本農民新聞 2019年7月25日号掲載

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