2022年の9月に食料・農業・農村基本法の改正について議論を開始して以来、長時間かけて食料安全保障をキーワードにして日本農業のあり方についての検討・協議が積み重ねられてきた。
改正基本法、基本計画、新たな水田政策、改正食糧法、骨太の方針の一連の流れは、規模拡大による生産性の向上に重点を置いての農業構造転換を目指したもので、自民党政権による従来路線と変わるものではなく、新たな農業・農村ビジョンを打ち出すものとはならなかった。
1999年に成立した食料・農業・農村基本法では、これまでの農業政策オンリーから、食料政策を付加し、農村政策の主管を国土庁から引き継ぐとともに、基本理念に多面的機能を掲げるなど、総合的政策を講じることによって、農産物貿易の完全自由化をめざすWTO体制に対応すべく、日本農業の再構築をはかろうとするそれなりの姿勢が示された。
これと比較すると、今回はあらたな方向性が示されたわけでもなく、むしろ後退した感すらある。食料自給率の低迷、深刻な農地の減少や担い手不足への本格的な梃入れには程遠く、「多様な担い手」が改正基本法に書き込まれはしたものの、その具体的展開については触れられることもなく、都市住民や消費者の市民農園・体験農園等への参画や援農等が増加している実態に対し、「都市農業」の文言も明示されなかった。行政と国会、そしてJAグループも含めて、まずは情勢・状況に即した政策の企画・立案を提示し得なかった事態を深刻に受け止める必要があるのではないか。
ここで頭に置いておきたいのがEU、特にイタリアの動向だ。EUは共通農業政策が生産過剰と環境問題を招いてきた近代化、大規模化路線を、ガットウルグアイラウンド交渉に絡めて転換。1990年前後から環境支払の開始、有機農業規定の公布、生産調整の強化、直接支払の導入等を図り、99年のアジェンダ2000改革により、「農業生産を支持する政策『第一の柱』に加えて、『第二の柱』として地域づくりに焦点をあてた農村政策を導入し、農業生産に限らない、農のもつ多面的機能への認識を促した。」その後は単一支払いとして、直接支払いを生産要素と完全に切り離し、環境保全、動物福祉等を単一支払いの条件とする一方で、これによる削減部分を農村振興に振り向けてきた。
こうした流れの中でイタリアは、有機農業大国の位置を占めるとともに、アグリツーリズモによって経営の多角化と所得確保をすすめ、スローフード運動で食文化を振興し、さらに社会的協同組合と連携して社会的弱者の雇用創出と社会への参入を図る社会的農業を拡げつつある。まさに「戦後の復興を経て経済成長が進んだイタリアで、「衰退する農業」と「社会が抱える課題」が出会ったとき、あたかもマイナスとマイナスをかけあわせせたときプラスに転じるように、それらを解決して余りある新しい価値が生まれた。」これらについては中野美季著『おせっかいなイタリアの社会的農業』(農文協)に詳しい。
イタリアと同様に小規模で多様性に富む我が国農業の生産条件を逆手にとり、農村政策と一体化させての農業政策による農業経営の多角化・複合化、これに都市農業、市民・消費者との連携をも絡ませての、地域農業再生からの農業・農村ビジョンこそが不可欠だ。
(農的社会デザイン研究所代表)
日本農民新聞 2026年10月5日号掲載



