日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉「家族農業の10年」で変えていくために

2019年7月5日

 「家族農業の10年」がスタートしたが、昨年12月の国連総会で決議された「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言(小農の権利宣言)」とともに、家族農業と小農についての議論が広がりつつある。
 「農家・市民・地域・運動・NGO・研究者などの交流・連携を深める『場』として、2019年1月に設置」された“国連小農宣言・家族農業10年連絡会”によって、参議院議員会館と衆議院第二議員会館で既に2回にわたって院内集会が開催されたのをはじめ、各地でさまざまな動きが展開されているが、正直なところまだ議論は空回りし本格的な始動には至っていないと言わざるを得ない。その主因は、国連で小農権利宣言を採択するにあたって、日本が棄権したことをどう理解するかというところにある、と見る。外務省は棄権の理由を「各国の考え方がまだ収れんしていないから」としており、これに対して棄権は小農の権利保護の重要性を認めていないことを示しているのではないかとの批判がぶつかり、議論はかみ合わず、はじめの一歩が踏み出せないでいるように受け止められる。
 確かに各国の考え方が収れんしなければ日本の考え方を明確にすることができないというのも主体性のない情けない話であり、本音は小農の権利を認めたくないのだろうと勘繰られても止むをえないところでもある。換言すれば、政府は小農の権利宣言については「南」を対象としたものとして位置付けたいと考えているのではないか。
 政府の真意をただし明確にしていくことは大事なことではあるが、基本的ねらいは地球全体として持続性を確保していくことを前提に、小農の権利を認め、家族農業の振興をはかっていくところにある。小農権利宣言にしても家族農業の10年の決議文を見ても、栄養の改善、貧困の撲滅、飢餓の終焉等、あきらかに「南」を想定していると窺われる部分も多い。双方の言い分はともかくとして、まずは小農、家族農業と言いながらも、我が国と「南」に共通する部分がある一方で、「南」とは異なる部分も多いことをまずは共通認識とするところから出発すべきだ。次に我が国における小農や家族農業の実態、実情を踏まえて、小農や家族農業が日本農業の維持のために果たしている役割と機能を整理していく作業が求められる。そのうえで第一に我が国の小農の権利を保護し家族農業を振興していくために何が必要か、第二に地球全体として、特に「南」のために日本としてできることは何なのか、を協議していくことによって、次の行動レベルへと持ち上げていくことが肝心だ。
 我が国農業は先進国であるがゆえに市場化・自由化・国際化による資本主義の攻勢を、小農、家族農業が主になって乗り越えてきた貴重な経験を有する。農協、直売所、地産地消をはじめとするさまざまなシステム、工夫・知恵を蓄積してきた。これらを「南」に伝えていくことが家族農業の10年で日本が取り組むべき大きな役割の一つではないか。こうした国際貢献をつうじて小農・家族農業が誇りを取り戻していくことも大事なところだ。
(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2019年7月5日号掲載

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