日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2024年7月5日号

2024年7月5日

〈本号の主な内容〉

■このひと
 スマート農業の現状と今後の展開
 千葉大学 園芸学研究院 教授 中野明正 氏

■JA全農 令和6年度事業のポイント
 JA全農 麦類農産部 石澤孝和 部長

■全農が施設園芸の研究温室を営農・技術センターに新設

■TACパワーアップ大会2023ブロック審査委員会の優秀賞受賞発表から
 神奈川県 JAさがみ 座間営農経済センター 森海人 氏

■水稲中・後期の雑草防除対策
 (公財)日本植物調節剤研究協会 技術部技術第1課長 山木義賢 氏

■施設園芸・植物工場展 GPEC 2024
 7月24~26日 東京ビッグサイトで開催へ

蔦谷栄一の異見私見「基本法改正と切り離された畜政」


 

このひと

 

スマート農業の現状と今後の展開

 

千葉大学 園芸学研究院 教授

中野明正 氏

 

 農業人口の減少や農業従事者の高齢化が進むなかで、スマート農業が大きなキーワードになってきている。そのスマート農業について農業者の理解を広げようと千葉大学の中野明正教授が『やさしく知りたい先端科学シリーズ11 スマート農業』(創元社)を著した。スマート技術の開発、普及・社会実装について聞いた。


 

〝親しみやすさ〟でスマート農業のハードルを下げる

著書はどのような読者に、どのように活かしてもらいたいか。

 今回の本は、親しみやすさを前面に出した構成にし、スマート農業のハードルを下げるよう意識した。

 また読者が直感的にヒントを得られるよう、1つのテーマを見開きに収めた。多様な読者の皆さんが実際に関係する部分をどこかに見つけることができるように、たくさんフック(きっかけ)を散りばめた。

 スマート農業は何か特定のものではなく、さまざまなものをデータ(数値)や写真(画像データ)などで記録し、次の営農に活かしていくもの。デジタルというツールで技術や経営を見直して、スマート技術で上手にチューニングしてもらいたい。処理技術は発展著しいAI技術を活用する。

 

データを世界の共通言語に

日本の農業や世界の食が今抱えている課題は。

 日本の農業で最も重要な課題は人手不足。世界の農業現場でも人手不足は深刻な問題だが、大きな人口を抱え、またはさらに人口が増加する中国やインドでもこれらの問題を解決する手法としてITが注目されている。

 日本で使う用途と中国やインドで使う用途はやや違う部分もあるが、着目するデータ(環境情報と作物の情報)は一緒。データは、いろいろな使い道がある「共通言語」のようなものだ。日本の技術者・研究者が研究を進めていけば、日本で作った技術が世界に広がっていくだろう。

 

生産現場だけではなく食まで意識した技術に

スマート技術により農業分野で便利になったことや今後期待されることは。

 先ほど述べたことを具体例で言うと、例えばスマートフォンで病害虫の写真を撮ると、写真のデータ化とAIによる画像認識で、病害虫を瞬時に判断することができる。スマホを持っていれば、誰でも使うことができる技術だ。

 果菜類のロボットはまだ開発段階だが、重い野菜などを運ぶ時に使うアシストスーツなどは一定の評価を得ている。またドローンでは、農薬の他、濃度を濃くした肥料を運んで散布する技術も出てきている。かなり実装技術レベルになっている。

 施設園芸では収量予測が高精度化している。農研機構では、農業情報やプログラムのクラウド「WAGRI」にハウス環境から収量予測するソフトを搭載している。日射量と温度湿度、CO2濃度等を入力すれば高い精度で収量を予測することができる。

 農林水産省では「スマート農業実証プロジェクト」を全国約300か所で実施している。農政の基本指針を定めた「食料・農業・農村基本法」の改正法でも、スマート農業の普及が明確に位置付けられ、自動収穫機などの先端機器の導入を促す「スマート農業技術活用促進法」もこの10月1日に施行方針が示され盛り上がってきている状況だ。

 一方生産現場だけではなく、食品や消費者が食べるところまでのデータ化も重要だ。食品の安全性もデータ化され、POSデータが当たり前になってきている。生鮮食品もデータが身近な存在になっていくに違いない。そうするとフードロスもさらに減少していくのではないか。スマート技術を導入することで、「食」全体の社会的な課題の解決にも近づくと考える。

 

効率化・省力化・期間短縮で効果を分かりやすく

農業現場でスマート技術が普及するために必要なことは。

 2050年に向け、日本の農業従事者は40万人ぐらいになると想定している。そうなると、現在の数分の一の人手で農業をしなければいけない。

 例えば、水稲は規模を拡大し、トラクター等の自動運転が標準技術になっているだろう。トマトやキュウリ、イチゴなどの果菜類を生産する施設園芸では、10haの規模を数人のグローワーが管理していることだろう。

 このように人手が減少しても土地を荒廃させないためには、効率化して1人でハンドリングできる農地の範囲を広げていかなければいけない。

 育種では、フェノタイピングという手法がある。例えば、ミカンの浮皮が起こりにくい高品質の品種を育種したい場合には、画像情報から品種の特性を抽出し多様な表現型を数値化した情報がポイントとなる。遺伝情報とこれらの情報をAIに学習させ、高い精度で、高品質になる親の組み合わせを予想することができる。果樹などの時間のかかる育種を一気に加速する技術だ。特に果樹や施設園芸作物にはメリットが大きい。

 一方、ロボットによる箱詰めやパレット載せなど物流のスマート化も重要になってくるだろう。

 

持続性と安定性を中心に据えた施策を

基本法にある安定供給や技術の促進はスマート農業にどう関係するか。

 農業資材はもちろんだが、種子が重要になってくる。日本にある多くの種子は海外からきており、有事の際には深刻な問題となる。

 そこで安定的に種子を確保することを目的に、農林水産省では人工光の下で稲を育て、効率的に種を取るプロジェクトを実施している。デュアルユースと呼ばれるもので、有事の時は種子の安定生産で、平時の時は高品質のコメや機能性タンパク質を含むコメを作るシステムで、種子生産にも食品生産にも利用することが可能だ。総合的に安定生産にも繋がる技術である。

 持続性に関しては、脱石油がキーワードになってくる。施設園芸で使われるフィルムは早晩持続的な資材に置き換えなければならない。また、流通で使われる包装資材はヨーロッパでは使わない流れになってきている。日本もヨーロッパの流れに合わせないといけなくなるだろう。また、暖房のための化石燃料もいずれ使われなくなる。石油資源に代わるエネルギーを探し、持続性の問題に本気で取り組まなければいけない。

 肥料も重要な資源の1つ。循環型の栽培に取組み、日射比例で量管理を行えば、肥料を半分にしても作物を作ることができる。そこには肥料の質も関わってくるだろう。下水汚泥からリン酸を回収する事業など、窒素・リン酸・カリの海外輸入依存も減らしていかなければいけない。種とエネルギーと肥料は食料安全保障の根幹である。

 

異分野の技術を導入して次の世代へ繋ぐ

これから開発が必要な分野は。

 異分野で進んでいるものを施設園芸で活用して効率化を加速する必要がある。曲がる太陽電池「ペロブスカイト」やLEDなど、異分野で光っている技術を、上手くスマート技術という接着剤で農業にくっつけていくことが重要だ。

  「スマホの病害虫診断」のように、多くの人が使いやすい形で技術が広がれば、各地で安定的に省力的に作物を生産することができ、安全・安心の農産物輸出にも繋がる。地域農業の維持にも繋がっていくかもしれない。

 いろんなアイデアがたくさん出てきているが、スマート技術を次のステージで発展できるのかの分水嶺である。それは次の世代を担う人にスマート農業技術を活用してもらえるかが鍵になる。

 

作物と向き合い、データを賢く使い、営農を実践

スマート技術とうまく付き合うためのポイントは。

 スマート人材の育成においては、普及を担う人材の教育が大切になってくる。

 ある農業コンサルタントは「知識は非常に重要で、知識によって経験を補うことができる」と言っている。農業でも勉強することは大事だが、やってみないと分からないことが大きい。書いてあることはそれなりに重要だが、逆にそれはやはり経験を補う知識でしかない。農業はとにかく実践することが重要だ。

 これからの技術普及に携わる人は、単にスマートに関する知識を教えるだけではなく、実践の場面において、多様で複雑なデータを使いながら、営農のアドバイスが行える人材だろう。この過程にAIのサポートが威力を発揮することだろう。

 農業者みずからもスマート技術を賢く取り入れながら、アドバイスを受けつつも、主体的に使う能力を身に着けることが大切だ。

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