日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉日本農業の行方を左右する今国会

2024年4月5日

 食料・農業・農村基本法(以下「基本法」)の改正についての国会での本格的審議が始まった。既にご承知のとおり基本法の主な改正点は食料安全保障の強化がメインであり、これにみどりの食料システム戦略等の情勢変化への対応が追加された中身となっている。

 基本法改正の論議のきっかけとなったのがウクライナ侵攻にともなって顕在化した穀物価格や生産資材の高騰であり、連動しての食料品価格の上昇から大きく広がった食料安定供給に対する不安である。こうした事態に対応して自民党の主導で食料安全保障についての議論が巻き起こされ、そこでの基本法改正の提言を受けて農水省も農政審議会に検証部会を設けて議論を開始することとし、検証部会での議論を重ねて今回の基本法改正案に至ったものである。ここでの検討がすすむほどに浮き彫りにされてきたのが日本農業の脆弱性であり、間近に迫りつつある日本農業の危機である。

 この60年ほどの間に農地面積は約3割減少するとともに、基幹的農業従事者は25年ほどで半減するなど後継者難はきわめて深刻であり、さらにこの5年から10年先には団塊世代の大量のリタイアが必至である。これにともなって農村の活力は低下し地域コミュニティの維持もさらに困難になろう。不測の事態への備えが欠かせないことは当然であるが、食料安全保障の基本は食料自給率の向上にあり、自給率向上を可能にする十分な施策なくしては食料自給率の向上どころか、自給率の低下そして農村の荒廃は避けられそうもない。

 こうした深刻な情勢を背景にすれば、本来なら食料安全保障のベースとなる農業のあり方、農業構造と一体化して基本法の抜本的見直しをすすめて然るべきものが、こうした議論を意図的に先延ばししたものか、ともかく回避する結果となった。戦後農政は一貫して生産性向上と規模拡大による構造政策が展開されてきたが、それが今、日本農業を危機的な状況に追いやりつつある。これに対し担い手対策についてはロボットやSNS等の活用やスマート農業をはじめとする先端的技術の活用への注力によって乗り切ろうとしている。

 こうした事態で最も危惧されるのは、今回の改正案がこのまま成立してしまうことによって、危機に瀕した日本農業の構造、農政のあり方そのものを転換すべき大事な時期に、これについて国レベルで本格的に議論する機会を失ってしまうことである。今こそ新たな方向性を打ち出すべきタイミングであり、この時期を逃しては手遅れとなりかねない。

 今国会での論戦によって、少なくとも農家の経営収支を確保し将来展望を開いていくための必要条件となる所得補償の拡充をはかる足がかりを何としてでも確保しておきたいところだ。改正案の食料安全保障対策の柱の一つとして合理的価格の形成が盛り込まれているが、併行して所得補償の拡充についての議論を展開していくことが不可欠だ。改正案の見直し・拡充をはかるには、通常国会の期間を超えての議論は必至だ。今国会を日本農業の行方を左右する分岐点と位置づけ、改正案の修正実現に向けた徹底論戦の覚悟が求められる。

(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2024年4月5日号掲載

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