前回の当欄に、能登半島地震で壊れた石川県輪島市の棚田「白米千枚田」を「地元だけで維持するのは厳しい」と書いた。もちろん「厳しいから失われても仕方がない」という意味ではない。地域を超えた支援の必要性を指摘したつもりだ。
棚田を含む「能登の里山里海」は2011年6月、日本初の世界農業遺産に認定された。「遺産」の英語表記はレガシー(物故者が残した財産)ではなくヘリテージ(世代を超えて受け継がれていくべきもの)。農業遺産は古代遺跡や単なる自然景観と違い、人々の営みによって継承されていく。つまり能登の里山里海に人々が戻り、農業や漁業を続けられるよう支えることは、世界に向けた日本の約束といえる。
だが、1月24日に開かれた食料・農業・農村政策審議会企画部会では、ある委員が「復興の優先順位として棚田の再現(再生)は疑問」と述べ、別の委員も「限界集落の住民は(別の地域に移って)集住してもらえばいい」という趣旨の発言をしたという。「棚田や集落の維持に復興予算を注ぎ込むより、インフラや産業基盤の整備を優先せよ」という主張だ。
農村問題の研究者にも、限界集落からの計画的撤退を唱える人がいる。行財政や経済の効率性の観点ではなく「悲惨な状況に陥る前に移転させた方が当事者のため」という主張には、傾聴すべき部分もある。だが、住み慣れた土地と生業から引き離すことは、アイデンティティーの否定に等しい。先月も書いたように、一人一人の被災者が自分なりの幸福感や安らぎを取り戻すことが本来の復興なら、当事者の自己決定権こそが最大限尊重されるべきだろう。
「輪島市の77歳の男性が白米千枚田の復旧作業を始めた」という記事が今月2日の読売新聞に載った。男性は農業が本業ではないが、18年間にわたりボランティアで棚田の保全に携わってきたという。現在は金沢市の避難先から数時間かけて通い、今年の田植えに間に合うよう仲間たちと一緒に汗を流しているそうだ。
彼の願いがかなえられる日本であってほしい。それこそが真の復興であり、世界に誇る無形の価値に違いない。
(農中総研・客員研究員)
日本農民新聞 2024年3月25日号掲載