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日本農民新聞 2022年4月15日号

2022年4月15日

アングル

 

JA厚生事業の役割と
全国厚生連の取組方向

 

全国厚生農業協同組合連合会
代表理事理事長

中村純誠 氏

 

 JA全厚連は3月末の総会で、令和4年度から6年度の第10次3ヵ年計画と、これに基づいた令和4年度の事業計画を決定した。3年目に入った新型コロナウイルス感染症に対応しつつ、組合員・地域住民の保健・医療・高齢者福祉を守り続けるJA厚生事業のこれからの取組方向を、JA全厚連の中村純誠代表理事理事長に聞いた。


 

コロナ対応で高く評価された厚生連の事業

JA厚生事業を取り巻く情勢は?

 令和2年1月10日、JA神奈川県厚生連の相模原協同病院で国内1例目の新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の陽性患者が確認されてから2年余。厚生連の医療事業も健康増進活動も新型コロナ対応に明け暮れる日々を過ごしてきた。医療関係者の感染も千人を超えている。

 この間、重点医療機関または協力医療機関に指定された厚生連は、令和3年12月末時点では80病院で1万2351人の感染者を受け入れ、地域の中で積極的に対応している。新型コロナ対応にかかる確保病床も今年2月時点では1517床となり、国内すべての病院の3.5%を占め、入院患者も2.9%に相当する748人と全国に占める厚生連の病床割合(2.2%)よりも高い水準となっている。また、ワクチンの接種も行政や職域の依頼を受け積極的に取り組んでいることに加え、政府の要請に応え、医療体制が逼迫している都府県へ数次の看護師派遣も行ってきた。

 コロナ禍における患者受入れ、ワクチン接種、看護師派遣などに整然と対応できたことは各病院・施設の努力の賜物であり、厚生連の果たしている役割の大きさがJAグループ内外に高く評価されている。こうしたことが背景にある中、事業損益の赤字は補助金で充填していただいた2年間でもあった。地域において厚生連病院がなければ地域医療が成り立たないことを理解し支援していただけるのは、各厚生連の医療従事者の日頃の取組みのおかげだと、心から感謝している。

 

早期収支改善にスキーム、理事会制に移行へ

これまでの3ヵ年を振り返って。

 なんといっても経営健全化が大きな課題であった。過去に解散した厚生連もあり、厚生連の経営においては医師不足や病院の建替えなどの大きな設備投資の際に気を付けなければならないのが現実である。同じ轍を踏まないためにも、経営的に収支改善が必要と認められるような厚生連には早期収支改善のためのスキームをつくり、精一杯支援してきた。幸い、経営改善が必要と位置づけられた厚生連も改善が進んでいる状況にある。

 JA全厚連の執行体制も、厚生連の経営支援の強化に資するべく見直しを進めてきた。

 平成15年から導入している経営管理委員会制度は、令和元年12月の厚生事業審議会の答申を受け、委員数や開催回数の見直しを行ってきたが、令和4年度以降は、現行の経営管理委員会制から理事会制へ移行し、会を代表する会長の権限の強化や常勤理事3人体制の見直し(削減)を行うこととした。また、事業連とは異なる本会特有の組織運営上の重複をなくすことで効率化を図り、より実効性のある事業運営体制に変えていく。

 一方、厚生事業を巡る大きな課題としては、医師の偏在と診療報酬対策があるが、医師偏在は地域における偏在と診療科における偏在があり、事業継続や地域の生活に大きな影響をおよぼす。診療報酬は多くの病院が機能分担する形で構成され、厚生連病院のように地方にあって他に連携する病院が少ないところに適合するようにはつくられていない。また、控除対象外消費税は設備投資をはじめとした病院経営に大きな打撃を与えている。いずれも少しずつ改善の流れはあるものの、抜本的な改革にはなっていない。従って、これまでの苦しい状況は変わらず、これに人口減少による患者の減少が加わっている。

 このような状況下で経営を維持していくことは並大抵ではないことから、制度的な支援を国に要請し、経営維持に向けて改善を促していくことが、JA全厚連の最大の役割である。

 

地域医療の全体最適を主導する役割を

新3ヵ年計画の基本的考え方は?

 中長期を見通して、新3ヵ年計画で重点的に取組む方向は、何といっても地域に必要な保健・医療・高齢者福祉サービスを継続的に提供できるようJA厚生連を支援することである。前述のような課題を前提として事業を継続していかなければならないのが地域医療であるが、人口減少に伴い患者が減少するなかで、医師を確保し設備を更新しながらの経営は、より一層厳しくなることから、支援対策を強化しなければならない。

 新型コロナによる事業への影響は見通しにくい状況にあるが、すぐには発生以前の状況に患者・利用者数が回復しないことが危惧される。そうしたなか地域医療構想においては、一部の診療データだけで再編の枠組みがつくられようとしている。コロナ禍で検討が実質的にストップしているが、地域医療の再編・統合に向けた議論に加え、新型コロナの影響で顕在化してくる事業環境の変化への厚生連の対応を支援していく必要がある。

 厚生連病院は、今回の新型コロナで明らかになったように、地域になくてはならない病院として、単なる表面上のデータだけではなく、地域の人々がどのような医療を望み、その地域にとって必要な医療体制はどのようなものであるかを常に考え、地域の他の医療機関と調整し全体最適を追求していく立場にあると考える。場合によっては、患者数と病床数等の関係を考慮し、病床を縮小せざるを得ないことも出てくるかもしれないが、関係医療機関とともに全体として最適なものをつくっていく主導的な役割を果たしていきたい。

 JA全厚連としては、新型コロナへの対応を契機として国がすすめるICTやAIなどの活用について、新規の取組みや優良事例の共有により厚生連の業務効率化を支援していく。システムの導入や改修の費用削減などへの支援も行う。

 さらに、厚生連のSDGs目標達成に向けた取組みを支援していく。JA厚生連の理念や事業はSDGsの理念と親和性が高く、SDGs17項目の目標のうち6~7項目は厚生事業そのものに合致する。協同組合の保健・医療・高齢者福祉事業の取組みがSDGsの目標達成へもつながると言え、我々の事業推進を後押しする社会全体の動きと受け止めている。JA厚生事業が時代の流れに合っていることに意を強くして、我々の事業理念が評価されていることを誇りに邁進していきたいと思う。

 

医師偏在等を解消し、事業継続へ

新3ヵ年計画の重点事項は?

 こうした目指す方向の実現に向け、「健全経営支援」「制度対応支援」「制度改正要望」「人材の育成」の4つの項目に重点的に取組んでいく。

 特に、新型コロナの影響等により、急速な経営悪化が懸念されることから、厚生連に対する早期支援をはじめとする「健全経営支援」に最優先で取組んでいく。

 健全経営なくして事業の存続は語れない。将来にわたり事業を運営していくためには、その時々の医療環境を前提とした計画が必要であり、収入が減少していくなかにあっても、医療の質を高めていかなくてはならない。医師の確保と設備の更新を限られた財源のなかで最適なものにしていかなければならない。

 医師偏在等の課題が解消しないまま、医師の働き方改革が進められているが、こうした厳しい状況においても経営が維持できるよう、迅速な情報収集・共有に取組む。幸い、全国に105の厚生連病院があり、それぞれが一つひとつの課題を解決してきている事実がある。こうした優良事例を共有しそれぞれの実情に応じてアレンジした取組みを促していくのがJA全厚連の役割と考える。

 さらに、各制度が地域の実情に即した制度となるよう、必要に応じ本会など地方に多くの病院団体を有する6団体で構成する「地域医療を守る病院協議会」なども活用し、国への要請活動等を実施していく。

 

健康増進活動はJAグループ運動の目標の一つ

それぞれの重点項目の具体的な取組みは?

 保健事業においては、健康診断(以下「健診」)事業を取り巻く情勢認識や健診にかかる取組みについて厚生連間で事例等の共有を図る。

 新型コロナで健診活動が一時停止し、がんの発見率が低下するなど大きな社会問題になっている。地域の人々が健康増進を意識し少なくとも年に1回は健診や人間ドックを受けるようにしなければ、結果的に病気が進み医療費の増大につながる。

 昨年の第29回JA全国大会決議では、JAグループが組合員の健康診断受診等に取組むことで、農業者等の体調・健康管理意識の向上を図ることが盛り込まれた。

 我々JAグループの第一の目標は農家の所得向上であり、営農面からの取組みはいろいろ議論されているが、そのために具備すべき一番大事な条件は農家の家族全員の健康である。それが今回JAグループ全体の運動目標に掲げられたことから、全国連や青年組織、女性組織とも連携し、受診者数拡大に向けた取組みを支援していく。女性協は従来から健康増進活動に熱心に取組み、全青協も政策提案集「ポリシーブック」に取組みを盛り込んでいる。日本のこれからの農業を支えるこの2つの組織と連携して健診活動を支援していきたい。

 また、健診を中心に事業を行う健康管理厚生連については、それぞれ事業規模や立地条件などが異なることから、関係団体や外部有識者等と連携し、各厚生連の状況に応じた課題解決に向けた取組みを支援していきたい。

 JAグループに厚生事業があることは、地域にとって大きなアドバンテージであるということが、今回の新型コロナで明らかとなった。ただ、厚生連がない地域もある。そうした所でも、地域の医療団体とJAが共同で健康増進活動を展開することは可能なので、そのような取り組みを行いやすい環境を整えることが、JA全厚連の今後の機能になると考えている。

 「制度対応支援」では、働き方改革への対応がある。特に医師の働き方改革については、これまで医師の勤務状況や宿日直などについて実態の把握につとめてきたが、このまますすめられてしまうと、厚生連病院に大学医局から派遣されていた医師が引き揚げられることも想定され、医師不足・偏在の問題に直面している地域にとって、医療の崩壊につながってしまうのではないかと危惧される。厚生連の経営に大きな影響を及ぼすことから、国の動向や各厚生連の対応状況等を把握・共有し、必要に応じて国への要請活動等を実施する。

 地域医療構想については、各都道府県で感染症対策を考慮した次期医療計画の検討が進められるほか、地域ごとに外来機能の明確化・連携について議論が進められるため、情報の収集・分析を行う。また、各厚生連の検討に資するため、先行事例の収集・提供等を進めるとともに、相談に応じて対応を協議していく。

 また、ICTやAIなどの活用について情報を収集・共有し、業務効率化等に向けた取組みを支援していく。

 これに関連して、国が進めるDX化の事例として、オンライン診療について複数の厚生連が取組んでいるが、離島や中山間地などの医師不在の地域においては、今後欠かせないツールになってくるだろう。診療報酬上の整理はされつつあるが安全・安心という点ではまだまだ課題も多く、一気に全面的には進まないにしても、医師が現地にいなくても医療を提供できる点では、JA厚生事業にとっては非常に意義のあるスキームだと思う。各厚生連とも協力しながら注意深く進めていきたい。

 「制度改正要望」では、医師の適正配置に向けた要請活動の展開、令和6年度の診療報酬・介護報酬の同時改定に向けて、厚生連からの要望・根拠データを踏まえた要望の実施、消費税負担解消に向けた要望等を実施する。

 「人材の育成」では、厚生連の役員や管理職等と経営改善策等について検討することができるJA全厚連の人材育成を目指し、効率的な人事制度や研修体系を構築していく。

 

コロナは補助事業と診療報酬体制見直しの併行で

直近の課題は?

 令和4年3月23日、自民党議員連盟「農民の健康を創る会」(森山裕会長)は、22日に開催した同会幹事会において、厚生連が事業を継続していく上で現在課題となっている3点について認識したうえで、このことは医療全般に関係することであるとし、後藤茂之厚生労働大臣に対策を要望しているが、この内容に集約される。

 第1は、看護師等の処遇の改善。今年9月までの処遇改善の補助事業は、対象医療機関や職種が限定されている。10月以降は診療報酬での対応となるが、財源が確実に担保されるかは不透明な状態である。

 このため、10月以降の対応については、対象医療機関や職種の範囲を見直すなど、処遇改善のための収入が確実かつ継続的に確保できる仕組みとすることを要望している。

 第2は、医師の偏在是正と医師の働き方改革への対応。医師不足は潜在的、根源的問題だ。医師の働き方改革については、先にも述べたとおり、6年4月から時間外労働の上限規制が適用され、大学医局から医師を引き揚げられることも懸念される。特に地方の厚生連病院は、医師の確保が一層困難になるという悪循環に陥り、地域医療を維持できなくなるおそれがある。

 医師不足という根本的な問題を解決しないまま、時間外労働だけを制限する働き方改革は、周産期医療などに大きな影響を及ぼす。安心して子供を産めない地域が増えることは人口減少対策に逆行する。

 医師の働き方改革については、その前提条件として実効性・即効性のある医師の偏在対策を講じるとともに、地域医療の確保に支障が生じないように必要な対応の検討を要望している。

 第3は、新型コロナ等の感染症対策の継続。依然として変異株の発生による脅威が続いており、引続き対応するための体制を維持する必要がある。厚生連病院では、新型コロナの影響で感染拡大前に比べ患者数は減少しており、医療事業損益段階では前年度より回復しているものの赤字となっている。

 4年度以降、新型コロナはおそらく徐々に収束していくと思われるが、直ちに患者数の回復は見込めない。こうしたなか、新型コロナに対応できる体制を引き続き維持していくため、関連補助事業の継続を要望している。

 大方の医療機関は、今後の患者数について、新型コロナ前と比べて5%ほど減少するとみている。仮に5%医療行為が減っても収支が見合うような診療報酬体系の見直しが、補助事業の継続と併行される必要がある。

 

地域の最後の砦として地域の発展を後押し

改めてJA厚生事業の役割を。

 島根県の農村地域で厚生事業がはじまってから100年。JA厚生事業は地域の保健・医療・高齢者福祉サービスになくてはならない、「最後の砦」として存在してきた。この砦が壊れたら地域は崩壊してしまう。そうした思いで各医療従事者が懸命に取組んでいる点が、民間の医療機関と異なる。

 長野県の佐久総合病院などの取組みに象徴されるように、農家や地域住民と向き合った事業は、これからもどんなことがあっても守っていかなければならないという覚悟をもって、それぞれの医療従事者が取組んでいる。それをJA全厚連が支援していく。

 農家や地域住民が健康に気を配りながらJAを活用して地域の発展に結び付けていく。それを後押しするのがJA厚生事業である。この関係を健全に長く続けられる事業展開ができるように、全身全霊で取組んでいく。


 

〈本号の主な内容〉

■アングル JA厚生事業の役割と全国厚生連の取組方向
 全国厚生農業協同組合連合会 代表理事理事長
 中村純誠 氏

■アグリビジネス投資育成㈱が農産物輸出に取組む㈱日本農業に出資
 改正投資円滑化法適用第1号案件として

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