日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉イノベーションの時代を生き抜くために

2022年1月6日

 新しい年を迎えたが、近年の変化は激しく、また加速するばかりで、正直、この先どうなっていくのだろうかと不安を抑えきれないのは筆者ばかりではなかろう。特に、AIや遺伝子操作を駆使しての技術革新のテンポは速い。昨年、農水省が決定したみどりの食料システム戦略も、その目標の実現はイノベーションに大きく依存したものとなっている。

 話は一転するが、筆者は西東京市に住む。同市田無に、東京大学大学院農学生命科学研究科の附属生態調和農学機構が運営・管理する農場、通称、東大農場がある。ここに東大生態調和農学機構社会連携協議会なるものが置かれており、「機構、市民、行政の三者が対等の立場で話し合い、社会連携を通じた機構の教育・研究の発展と社会貢献、および市民・行政との協働事業の推進に資することを目的」に、月例で協議会が開かれている。

 すでに10年の歴史を持つが、昨年の4月から筆者も市民委員となって協議に参加させていただいている。ここでの活動については、機会をあらためて紹介させていただくとして、今回は協議会に関連してこのメンバーでもある東大農場の矢守航准教授による「近未来の農業、植物工場での作物栽培」をテーマに行った動画での講義の話である。

 この中で、オランダの事例も含めて養液栽培、人工光型植物工場、太陽光型植物工場等の最先端の技術開発の状況について紹介しているが、最も驚かされたのが「バイオスフィア2」についてだ。人類が宇宙空間に移住できるよう、生存を可能にする人工閉鎖生態系を作るために設けられたアメリカのプロジェクトである。

 20年以上前に、アリゾナ州に2億ドルをかけて1・2ha、高さは最高で約28mの巨大な密閉空間が作られている。

 2年交代で科学者8名が閉鎖空間に滞在しながら、完全循環型の生活を100年間継続する計画で実験は開始された。ところが結果的には、スタートして2年程で中断を余儀なくされたという。

 その中断の理由としてあげられたのが、①土壌微生物の呼吸や日照不足にともなう光合成の低下による酸素不足、②二酸化炭素の建物コンクリートへの吸収にともなう炭素循環の不調、➂日照不足や大気組成の調整困難等による食料不足、④閉鎖空間の中での情緒不安定等心の問題、である。人間の心理的な要因もあげられているのが興味深い。

 この動画の前段で、地球的な人口の増加に追い付かない食料生産についての事情や昆虫食の可能性・潜在力にも触れたうえで、養液栽培による植物工場が紹介されている。そしてバイオスフィア2を例に、必ずしも計算通りにはすすまない事態もあり得、さまざまなリスクを踏まえた対応が必要であることを示唆してもおられるように理解した。

 担い手の高齢化や不足に対応してのドローンやロボットの活用も含めて、技術開発の成果を取り込み、活かしていくことは必須であり、〝未来への光〟でもある。

 一方で、その徹底したリスク管理が求められるとともに、在来の物にも敬意を払い、温故知新しながら多様・多重な展開を図っていくことが、直面する時代を生き抜く〝流儀〟であるように思う。

(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2022年1月5日号掲載

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