「チョット、イイデスカ」。7月下旬の夕暮れ時、自宅近くの駅前で若い外国人女性に声をかけられた。彫りの深い顔立ちだが、欧米系ではなさそうだ。「技能実習生として日本に来たが、コロナ禍で仕事がなくなった」という。帰国もできず、路上でチョコレートを売って暮らしている…そう言って、手提げ袋から小さな包みを取り出した。
外国人技能実習生の転職は原則として禁止されている。建前は「労働者」ではなく、あくまで「実習生」だからだ。ただ、コロナ下の救済措置として特定活動(アルバイト)が認められる。生活資金の融資制度や支援団体もある。そういうことを説明したが、困惑したような微笑を浮かべるだけだった。
とりあえず、チョコの包みと引き換えに千円札を渡し「ちょっと待ってて」と言い残していったん帰宅した。支援団体の連絡先などを調べて戻ったが、もう女性の姿はなかった。入国管理局などに通報されると思ったのかも知れない。その場でスマホを使って調べていたら…と悔やんだ。
家人に話すと「それ、詐欺なんじゃない?」と言われた。再びネットで調べると、確かにそんな「商法」が横行しているらしい。外国人の苦境につけ込む一種の「貧困ビジネス」か。そうだとしても、彼女が困難な状況にあること自体は事実だろう。だから、お金を渡したこと自体は後悔していない。
失業した外国人実習生による農畜産物の窃盗事件が昨年以降、各地で起きている。先日放送されたNHKの番組では、埼玉県本庄市のお寺に身を寄せ、自給用のイモなどを作るベトナム人実習生の青年が紹介されていた。本国に妻子を残し、100万円相当の借金をして来日したが、返済のあてもなくなった。特定活動の特例は知っているが、言葉の壁でアルバイトの口も見つからないという。
技能習得が制度の趣旨なら、最後までその機会を保障すべきだ。それなのに労働力として「不要」になったとたん、路上に放り出すご都合主義。欺まんに満ちた制度の谷間に落ちた人々に対し、私たちは重い責任を負っている。チョコの路上販売が詐欺なら、技能実習生制度は、もっとひどい詐欺だろう。
(農中総研・特任研究員)
日本農民新聞 2021年10月25日号掲載