日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉能登半島地震が見せる農業の近未来

2024年2月5日

 まさかの正月1日に能登半島で震度7の大地震発生。犠牲になられた方々にお悔やみを申し上げるとともに、被災された皆様には心よりお見舞い申しあげます。

 東京から現地に救援に駆け付けた専門家からということで伝え聞いた話では、大きな揺れと津波に火事が重なったためか、専門家がこれまで足を踏み入れたどの災害現場よりも、その被害の程度は凄まじいという。日本海側の厳寒時期での被災で、寒さに雪、そして水道や電気等のインフラが切断されて、不便かつ大変な避難生活を余儀なくされている被災者の様子をテレビ等で目にするたびに、何とか苦難を乗り越えて春を迎えていただきたいと祈るばかりである。

 先日、持続可能な農業を創る会の仲間をつうじて能登半島の農業現場からの報告が届いた。それによると農地、水路、ため池の亀裂や破損、諸施設の損壊は著しく、これまでは自分が生きている間は何とか農業を継続しなければと自らを叱咤激励してきたものが、これを機に農業に見切りをつけようという人が続出しているという。まさに農家は金にはならなくても何とか水田・農地そして村を守っていかなければという使命感だけで農業を継続してきたともいえるが、今回の地震被害を受けて緊張の糸が切れ、地域農業は一気に存続の危機に晒されかねない様相を呈しているようだ。

 時を同じくしてFacebookを通じて『七転八倒百姓記:地域を創るタスキ渡し』の著者でもある山形県のコメ農家である菅野芳秀さんの投稿がシェアされて入ってきた。菅野さんの住む集落は40戸ほどであるが、「10年ほど前まで集落40戸のうち30軒が農業をやっていた。たった10年で20軒余りやめた。今は10軒に満たない。更にここ数年で、それも2~3戸になるだろう。」という。菅野さんの家の農業の中心は40歳の息子さん。「去年、その息子が百姓やめていいかと言い出した。」そうした背景にあるのが農産物価格の低落だ。「一番大きな原因は、農産物の過酷すぎる安さ。特に米価がひどい。東北農政局が2022年に発表したコメの生産原価は、60kgあたり1万5273円。だけど農家の農協への売り渡し価格は、品種にもよるが、60kgあたり1万から1万3000円の間だ。生産原価には遠く及ばない。コメを作って出荷する度に赤字が増える。」こうした中、水田の大型基盤整備が進む。「そこには家族農業、小農の姿はない。大規模化の実現の過程で、小さな農家は振るい落とされている。見ようによっては、その大規模水田の下に小農、家族農の屍が累々と横たわっているかのようだ。・・・その農業の担い手は農業法人。・・・一口に言えば、これからの農業には、農民がいなくていい。農村すらなくてもかまわない。それを先取りする様々な現れが既に始まっている。」その現れの大きな引き金になるのが農機具の更新であり、菅野さんの息子さんが農業をやめていいかと言い出したきっかけも乾燥機の更新という。

 この「先取りする様々な現れ」が能登では地震によって一気に噴出したもので、間もなく本格化する団塊世代のリタイアで同様の動きが拡散することが懸念されてならない。

(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2024年2月5日号掲載

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